2006年10月10日

追憶のシアター(前)

 BEGINのデビュー当時のアルバムの中に「追憶のシアター」という曲があって、これがまた隠れた名曲で、ときどき思い出したように聴くことがある。そしてその度にある映画館のことを思い出す。今はもうなくなってしまったシネマアルゴ新宿だ。

 高校時代、学校の帰り道にあったので、よく一人で映画を観に行った。
 「あいつ」「ザ・中学教師」「ひき逃げファミリー」「ありふれた愛に関する調査」……その後に僕も出演した「二十才の微熱」もシネマアルゴ新宿で公開され、高校を卒業してからも、今度はバイト先が近いこともあって、とにかくそこでは本当によく映画を観た。

 不思議なことに、そこで誰かと映画を観たという記憶がない。
 大抵は一人で、しかもいちばん後ろのど真ん中。かなりマイナーな邦画を観ながら、なんでこの人達はこんな時間にこんな場所にいるんだろう?とか、あの人はきっと映画のカメラマンに違いないとか、あれは単なる痴漢目的の客だとか、映画を観るのと同じように、その劇場の中にいる観客のことまでも、薄暗闇の中で観察していたりした。
 たまに寝ている人はいるけれど、それぞれが思い思いの体勢で、かなり自由に、かなり気ままに映画を楽しんでいる最中に身を潜めると、何故かしら心地よさを覚えもした。
 なんでこんなところで笑うんだろう? とか、急に腹を立てたように立ち上がる人もいて、とにかく単純に、映画ってのは自由に観てもいいんだなってことを学んだのが、そこシネマアルゴ新宿だったのかもしれない。

 ほとんど同じ頃、渋谷のユーロスペース(移転前)にもかなりお世話になっていた。
 先日、自分の出演している映画の初日に顔を出したら、まだ真新しい壁一面に旧ユーロスペースで上映された映画のチラシがびっしりと飾られてあった。
 あれも観たとか、これも観たとか思いつつ、思い出すのは映画のワンシーンではなく、もう今はなき劇場のことで、シネマアルゴの地下へと続く狭い階段のこととか、旧ユーロスペースの低い天井と壁のことだったりする。その記憶を辿って、ようやく自分の回想も暗転し、映画のワンシーン、内容へと辿り着くことが出来る。
 シネコンの普及で余計にそう思うのかもしれないけれど、「シネマアルゴで観た映画」とか、「ユーロスペースで観た映画」とか、そういう風にどこの劇場で観たかってことをも含めて記憶される映画っていうのは、実はとても幸福な映画なのではないだろうかと思う。   (続く)
 
posted by kouta at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。