2006年12月30日

200612191057000.jpg

家には梁が必要なように ビルには礎が必要なように

俳優には観客が必要で 作家には読者が必要で

見えない顔や聞こえない声を 時に優しく厳しくも感じて

それでも誰かの必要であることを願い 何より自分の必要であることを信じ

自らの礎を築くように日々をめくる。。。


去年の今頃、悪戦苦闘しつつ制作を始めたホームページ。
それまでは、常に埃を被っていたようなこのパソコンも、今じゃすっかり身近になって、お陰様でどっぷりと重たくもなって、今の自分には欠かせない存在となってくれている。
本当、このホームページ、ブログのお陰で出会えた人の、再会を果たせた人のなんと多いことか…。
元旦より今日までの総ヒット数は203035件にものぼる。
その数字は、もしかしたらただの数字にすぎないのかもしれないけれど、今の自分にとっては驚くべき数字で、紛れもなく、今の僕自身、そして今後の僕自身の礎になってくれることと思います。

素直に、簡潔に、始めてみて良かったなぁと、今はそう思っています。

このブログへの総コメント数も859件。
ある時、友人にこのブログを紹介したら、彼はここに寄せられているコメントにとても興味を持ったらしく「いい読者がついているねー」と、とても嬉しい言葉を寄せてくれました。僕自身も本当にそう思っています。いつもどうもありがとう!

今年始めてみたこの基礎工事は、来年も続きます。
日めくりながら積み重ねた礎を、来年以降へのエネルギーにして、これからも自分のペースで続けていこうと思います。
本当に、今年一年「日めくりの記憶」に遊びに来てくださってどうもありがとうございました。どうか来年も、どうぞよろしく!!!





posted by kouta at 23:20| Comment(15) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月21日

記憶

200612101358000.jpg

「日めくりの記憶」というこのブログの題名は、そんなに深い意味を持って名付けた題名ではない。にもかかわらず、たとえば記事検索で「記憶」なんて入力すると、実に数多くの記事が表示される。
知らぬ間に「記憶」というものが、自分のテーマになっていたんだなぁと気付かされる。たぶんこの「記憶」というものは、これからの僕にとっても、かなり重要なキーワードになるような気がしている。今年だけのことではなく……これからもずっと。

日めくりで更新することにも、一時期はかなりこだわっていた。
これまた日めくりに付き合ってくださった皆さんの存在もあって、どうにか続けてこれたのだと思います。

実はかなり、この「日めくりの記憶」という題名が気に入っている自分がいるのですが、だからこそ年内で終了しようと思っただけのことで……
本当を言えば、日めくりが途絶えた時期から決めていたことでした。

でもHP、並びにブログは来年も継続していきます!
ご心配おかけしてすみませんでした。。。





posted by kouta at 22:09| Comment(4) | TrackBack(1) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

低空飛行

IMG_1182.JPG

「誰よりも高く飛ぶのではなくて、誰よりも長く、そして遠くへ飛んでください。」
と、そんなことを言われ、そうあれたらいいなぁと思っている。

12月。今年も残りわずか。
来年のことを考える前に、今年を無事に着地して、そしてまた来年からの低空飛行に備えたい。

posted by kouta at 18:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

人違い

メンテナンスをすると言っても、決して整形していたわけではない。
なんか突然、古ーい友人からメールをもらって、何かと思えば「お前の顔が変わっている」と書いてあった。どうやら、最新版のスター名鑑に載ってる「お前の顔が違う人の顔になってる」らしいのだ。
他にも何件かメールを頂いたので、一応自分でも確認してみたら、確かに違う人の顔が掲載されていた。一体誰だこの人は…。僕も驚いたけれど、恐らくそこに映っている人もかなり驚いたことだろう。ある日突然「草野康太」になってしまっているのだから。

たぶん、単なるミス。そこに悪意はないはずだし、事務所への謝罪もきちんとあったらしい。
現段階では無理だろうけれど、今後は絶対にこういうことがないように配慮してもらえると思う。

で、こういうことがある度に思い出すことがある。
結婚もしていないのに、というより、会ったこともないはずなのに、下の名前が同じという理由だけで、某俳優さんと結婚し、DVが理由で離婚したとまで書かれたある女優さんのこと。
悲しいかな、芸能界を引退してもう10年近く経つというのに、その某俳優さんが何かで話題になる度に彼女の名前は持ち出される。
たった一度、そういった謝った記事が出てしまい、彼女も(某俳優さんも)きちんと否定したにもかかわらず、その否定記事などには目もくれず、それを事実だと勘違いし、何も調べずにまた新たな記事を書く人が絶えないからだ。
調べりゃすぐ解るはずなんだけど…。面倒臭いのか、忙しいのか、そもそも興味がないのか、だとしたら、お願いだからそんな記事など書かないでくれと言いたくもなる。

何を隠そう、その女優さんとは僕の元妻。
先日、知り合いの監督と飲んでたら「お前も大変だったなぁ」みたいなことを言われ、かなり深刻な顔で「やっぱり、前の夫との間のトラウマみたいなものがあったのか?」みたいなことを言われた。
で、いつものように「違うんですよ、それはまったくの人違いで…」と、それこそゼロから話し始めなくてはならないことになったんだけど、その人にしたって、ずっとそうだと思い込んできてしまったわけだし、デリケートな問題だっただけに聞きづらくもあったんだろう。そうやって考えてみたら、他にもまだそうだと思っている人はいるのかもしれない。
それこそ家族や親戚にだっているのかもしれないわけだから、小さなことかもしれないけど「違う!」ことに関しては、やっぱりその都度「違う!」と主張していかなければいけないんだと思う。

「違う!」と主張したって、捏造、推測の記事は一人歩きしていってしまう。
マスコミが騒いだことがきっかけで、結婚したり離婚したりしたカップルだっていたかもしれない(これも推測ですが)。「なんか周りが騒がしいから、思い切って結婚しちゃうか?」とか、「なんで離婚とか書かれるの? もしかしたら浮気でもしてんの?」「いや、絶対してないよ」「でも、こんな風に書かれてて気分悪いから離婚しましょう」とか……(あくまで推測、妄想に近いですが)。
そもそも、その某俳優さんの離婚理由がDVだって言ったのは誰だ? 元奥さんが言ったのなら、そもそも彼女は人違いだし、その俳優さんが自ら言う話でもない。一体誰が? どんな根拠と確信を持ってそんなことを言い出したのか?
噂は噂だし、憶測は憶測。だからそれ以来、僕はNEWSであっても疑っている。
人違いで逮捕されてしまう人だって、この世にはきっといるはずだろうから。


posted by kouta at 23:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

追憶のシアター(後)

 3日に渡って書いてきて、一体自分は何を書きたかったのか、いまいちよく解らなくなってしまった。
 だから冒頭に戻り、そもそもの始まりーー
 BIGINの「追憶のシアター」はこんな一節で始まる。

   会う人のいない夜は 涙の証拠を隠し
   古い切符をたよりに 一人劇場へ行こう 

 別に無理に一人で行く必要はない。誘える人がいたら、必ずその人と行ったほうがいいだろうし、もしかしたら一生忘れることの出来ないような映画や芝居を、共に目撃することが出来るかもしれない。
 二人で払った3600円が、ラブホテルで過ごす2時間よりも濃密で、豊かな時間である為にラブストーリーはあるし、そんな思いで映画は映画であろうとしている。
 たとえ一人で出掛けたとしても、そこでは必ず何かが上映(上演)されていて、そこには必ず誰かがいる。
 劇場の入口でアンケートを配っている青年が、実は未来の映画監督で、何気なく話しかけたことがきっかけで、引き返すことの出来ないただならない人生を歩む。
 劇場はときどき、そんな出会いをも招いてくれる。
 少なくとも、僕はそうやって映画と出会ってきたし、多くの人とも出会ってきた。
 文字通り、シアターで、あなたと知り合った(ー)のだ。
 そんなことを回想しながら、つい最近、思い出したように「追憶のシアター」を聴いた。

 ってなことをとりとめもなく書いてきて、これがかなり東京限定の話になっていることはかなり淋しい。それ以上に、東京であってすら、そういった個性的な劇場が消えていく現状はかなり辛い。
 辛いけれど、求める人がいる限り、やっぱり劇場は消えはしないだろうとも思う。

 古い切符をたよりに、僕はまた劇場へ行く。
 新しい切符は、たぶんそこにあると思えるうちは……

 最後にーー
      「いつだったか、あなたと一緒に、
       ユーロスペースで映画を観ましたよね?
       あなたはきっと、 
       憶えてはいないのかもしれないけれど……」   
                           (終)

  

 
 
 
posted by kouta at 23:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

追憶のシアター(中)

 シアターと言っても、今度は映画館ではなくある劇場のこと。
 東京都江東区の工場街の一角にあるベニサン・ピット。
 もともと何かの倉庫だった所を改造したらしく、劇場内には備え付けの椅子がない。だから上演する芝居の内容に合わせて、その度に観客席を設置する。
 ある翻訳物の芝居を観に行くと、劇場の真ん中にステージが組まれていて、そのステージを取り囲むような形で観客席が設けられていた。
 芝居が始まると、演じる俳優の向こうに、自分とまったく同じように俳優を見つめている観客が目に入る。そんなに大きな小屋でもないから、演じる俳優の息遣いや体温までも伝わってくるようだし、不意に自分の腹が「キュルル」とでも鳴ろうものなら、俳優はおろか、反対側に座っている観客にまで聞こえてしまうような、そんな緊張感の中で芝居を観るのは初めてだった。
 芝居そのものも緊張感に満ちあふれた素晴らしいものだったけれど、自分を含めた、その芝居を目撃している観客の集中力をも含めて、まったくもってただごとではない息詰まる3時間で、終演後はまるで自分が舞台の上で演じきったかのように、ヘナヘナに疲れ切ってしまった。
 疲れたけれど、観ることを通して、その芝居に参加してしまったような錯覚もあって、本当の意味で芝居を観るってことは、実際それくらい疲れるものなのかもしれないとも思った。
 結局、そのどうしようもないドキドキ感を言葉では伝えることが出来ず、僕は知り合いを誘ってまたその同じ芝居を観に行った。観に行けば当然、前回とは違う席に座るわけで、視点が変われば変わったで、また前とは全然違う芝居に出会ったような気もするのだった。

 よく「芝居はLIVEだ」みたいなことを言うけれど、映画に関してだって同じようなことが言えるのだと思う。
 映画館で観るその一回きりの映画は、その人にとってはただ一度のその映画になるのかもしれないし、違う時間に、違う場所で、あるいは違う人と観る映画は、やっぱり見方も味わいも違う映画になるのだろう。
 きっとそうだし、そうであってもらいたい。  (続く)
 

 
posted by kouta at 21:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

追憶のシアター(前)

 BEGINのデビュー当時のアルバムの中に「追憶のシアター」という曲があって、これがまた隠れた名曲で、ときどき思い出したように聴くことがある。そしてその度にある映画館のことを思い出す。今はもうなくなってしまったシネマアルゴ新宿だ。

 高校時代、学校の帰り道にあったので、よく一人で映画を観に行った。
 「あいつ」「ザ・中学教師」「ひき逃げファミリー」「ありふれた愛に関する調査」……その後に僕も出演した「二十才の微熱」もシネマアルゴ新宿で公開され、高校を卒業してからも、今度はバイト先が近いこともあって、とにかくそこでは本当によく映画を観た。

 不思議なことに、そこで誰かと映画を観たという記憶がない。
 大抵は一人で、しかもいちばん後ろのど真ん中。かなりマイナーな邦画を観ながら、なんでこの人達はこんな時間にこんな場所にいるんだろう?とか、あの人はきっと映画のカメラマンに違いないとか、あれは単なる痴漢目的の客だとか、映画を観るのと同じように、その劇場の中にいる観客のことまでも、薄暗闇の中で観察していたりした。
 たまに寝ている人はいるけれど、それぞれが思い思いの体勢で、かなり自由に、かなり気ままに映画を楽しんでいる最中に身を潜めると、何故かしら心地よさを覚えもした。
 なんでこんなところで笑うんだろう? とか、急に腹を立てたように立ち上がる人もいて、とにかく単純に、映画ってのは自由に観てもいいんだなってことを学んだのが、そこシネマアルゴ新宿だったのかもしれない。

 ほとんど同じ頃、渋谷のユーロスペース(移転前)にもかなりお世話になっていた。
 先日、自分の出演している映画の初日に顔を出したら、まだ真新しい壁一面に旧ユーロスペースで上映された映画のチラシがびっしりと飾られてあった。
 あれも観たとか、これも観たとか思いつつ、思い出すのは映画のワンシーンではなく、もう今はなき劇場のことで、シネマアルゴの地下へと続く狭い階段のこととか、旧ユーロスペースの低い天井と壁のことだったりする。その記憶を辿って、ようやく自分の回想も暗転し、映画のワンシーン、内容へと辿り着くことが出来る。
 シネコンの普及で余計にそう思うのかもしれないけれど、「シネマアルゴで観た映画」とか、「ユーロスペースで観た映画」とか、そういう風にどこの劇場で観たかってことをも含めて記憶される映画っていうのは、実はとても幸福な映画なのではないだろうかと思う。   (続く)
 
posted by kouta at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

地球はときどき美しい

200609251704000.jpg

朝が来て、昼が過ぎて、夜が来る。
当たり前のことだけど、光と闇の世界に生きているんだなぁと思う。

一寸先は闇、とよく人は言うけれど、
一寸先は光、と都合良く考えてみれば、明日が待ち遠しくもなってくる。

闇から突き出した朝陽とか、闇へと沈んでいく夕陽とか、
その一瞬の光の美しさに、きっと人は心を奪われる。

一寸先は夜。目を閉じて深く眠れば、一寸先は朝。
当たり前のことかもしれないけれど、地球は回っているんだなぁと思う。

だから正確には、誰一人として、この地球には立ち止まれない。。。
立ち止まっては、いられない。。。
posted by kouta at 14:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

あてどない話

200609051736000.jpg

まるで点のようにしか映らないかもしれないが、あの小さなオレンジこそが太陽だ。

携帯で写真を撮る僕の横で、腕時計を外して何やらブツブツ呟いている老人がいた。
その腕時計で何を計っているのか? 尋ねることはせず、もう何枚か写真を撮った。
ふと目を離した瞬間にも、点のようなオレンジは姿を変える。

やがて夕陽は、西の空に沈んでいって、病棟には夜が訪れる。
夕食を終え、歯磨きを終え、「ちっとも面白いテレビがやってない」と呟いたかどうかは知らないが、早めに老人は床に入る。
使い古した手帳なのか日記帳か、あるいはコクヨの小さいメモ帳を取り出し、今日の出来事を書き出してみる。
誰それが見舞いに来たとか、誰も来なかったとか、検査があったとか、点滴を変えたとか、あるいは何もなかったとか。いや、何もなかったはずはない。ならば忘れてしまっただけか? いや、そんなことはない。確かに今日は何もなかったのだ。きっとそうだ。そうに違いない。
そんな時……日の出の時刻と、日の入りの時刻だけが、昨日と今日を区切ってくれることもある。棒線ではなく、×印でもなく、カレンダーに記された小さな点。明日への点。点と点を繋いで、季節はめぐる。
今年ももうあと4ヶ月ではないか……早いなぁ……
呟いたかは知らないが、微笑んだかは知らないが、老人はそっと目を閉じる。。。

もちろんこれは想像のストーリー。意味なんてない。
何よりこれは点のような、いつまで続くか解らない、あてどない話。。。
posted by kouta at 22:43| Comment(5) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月02日

吹く風を心の友と

200609021506000.jpg

 蝉が鳴いている、蝉が鳴いている
 蝉が鳴いているほかにはなんにもない!
 うつらうつらと僕はする
 ……風もある……
 松林を透いて空が見える
 うつらうつらと僕はする。   
        ー「蝉」 中原中也詩集(岩波文庫)よりー

蝉が鳴いて、風が吹いて、蜻蛉も飛んでた午後だった。。。
たまに、寝転んで空を見上げてみたり、路上に座り込んでみたり、
あるいは突然来た道を振り返ってみたり、曲り角を変えてみたり、
降りる駅をひとつ手前にするのもいいかもしれない。
少し視線を変えるだけで、何かとてもいいものに出会えそうな予感がする。
予感がするだけでなんにもない! なんてことになったとしても……
ふらりふらりと僕は行く。

吹く風を心の友として。。。


posted by kouta at 23:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

命日

十数年前の今日、中学生の僕は荷作りをしていた。
NHK大阪のドラマに出演する為に、大阪滞在の準備をしていた。

ところがその日の午後、おじいちゃんが死んだ。それはまさに青天の霹靂。
なにしろその日の昼食を、僕はおじいちゃんと一緒に食べていたのだから……

生まれて初めて経験する「人の死」はあまりにも呆気なく、そして悲惨だった。

亡骸が運び出された後、震える手でダイヤルを回し、当時所属していた児童劇団に電話を入れた。
「おじいちゃんが死んだんで、大阪には行けません……」
そのあとのことはよく覚えていない。

翌日の通夜に児童劇団の人たちが来てくれて、父や母となんやかんやと話をしていた。
僕は誰とも話したくなかった。大阪になんて、絶対に行きたくはないし、行ける訳がないとすら思っていた。

告別式の朝、家族や親戚に見送られ、結局僕は大阪に向かった。
重たい気持ちのままNHK大阪に着くと、ひげ面のおじさんが僕を迎えてくれ、
「大変だったろう。だけど、この役は君以外ではとても考えられないんだ」と言った。
後に朝の連続テレビ小説「走らんか!」でもお世話になった演出の長沖さんは、そう言って、その後も塞ぎ込んだ僕のお世話をしてくれた。

通夜の後、やっぱり大阪に行こうと決めたのは、おじいちゃんの部屋のカレンダーに、こっそりと僕の出演するドラマの放送予定がメモしてあることを知ったからだった。
「9月×× 康太のドラマが放送される」
おじいちゃんはそのドラマを見ることなく逝ってしまったが、きっとこれからも、どこかで楽しみにしてくれているに違いない。


十数年後の今日。やっぱり僕は荷作りしている。
明日から京都に入るため、新たな撮影に臨むための準備をしている。

もの凄く暑かったあの日の記憶は、今でもときどき、生々しくも蘇ってくる。
それは決して、悲しいばかりの記憶ではない。
あの日のことは、しっかり胸に刻んで、一生背負って生きていきたい。
7月21日は、僕のおじいちゃんの命日です。。。
posted by kouta at 17:40| Comment(8) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

中田英寿が泣いた夜

サッカーW杯は決勝トーナメントに突入。
順当とも思える強豪国が勝ち進み、初戦から好カードのオンパレード。
本当の強さというものがどういうものなのか、そのプレーで証明してくれることでしょう。
どの国の選手も走っているし、撃っているし、倒しているし、泣いている。。。

今日は予選で敗退した16カ国の中のベストイレブンが発表されていた。
その中に中田英寿の名前があった。補欠ではあったが川口能活の名前も。

中田らしさという意味で、今回はあまり見せ場はなかったのかもしれない。
得意のキラーパスも、常に出しどころを探しては苛立ちの表情を浮かべるに終始していたように思う。
印象に残るのは、身体ごと相手を止めにかかったり、思いっきり足を伸ばしてボールに触ろうとしたり、長い距離を駆けてはパスを受け取れず、相手ゴール前で天を仰いだり……そういったなんともじれったい姿。苦悶の表情。叫び声。
それでも他の誰よりも画面に登場していたし、ひたすらに走り、撃ち、守り、そして……誰よりも泣いていた。

中田英寿が泣いた夜。
僕が応援していたのは、残念ながら日本代表ではなく、中田英寿だったのだと気付いてしまった。
いや、その中田英寿が中田らしく君臨できる日本代表を、僕はずっと見たかったし応援していた。
4年間。8年間。マイアミの奇跡からずーっと……。
誰よりもクールを装いながら、誰よりも熱く、誰よりも泥臭いプレーを披露した中田英寿の活躍は、当然ベストイレブンに選ばれるべきだと思うし、讃えるべきものだったと思う。
そんな彼が本当にチームで孤立していたというのならば、あまりにも切ない。
アトランタ五輪時代からずーっと、彼も、彼の周囲も同じ問題を抱え込んだままではないのかと……。

今回のハイライトのひとつ。PKを止めた川口能活と、その川口に抱きついた中田英寿。
ひとつのわだかまりが解けたかのような、記憶に残るワンシーンだった。
勝敗はともかくとして、こんなシーンに出会う度、胸が熱く、苦しくなった。
今後の中田英寿がどこに向かうのか? 
今回のほんの少しの歩み寄りと、あの悔し涙の先にあるものはなんなのか? 
これからも密かに注目していきたいと思っています。。。



posted by kouta at 22:31| Comment(6) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

雨奇晴好

「雨の日には雨の中を 風の日には風の中を」 by 相田みつを

降っても晴れても、たとえ曇りでも、それはそれで良しとしよう。
不安定な天候に、心まで不安定にならないように。
あるがままに今日の天気を感じましょう。とでも言えばいいのだろうか?
「雨奇晴好」とても好きな禅の言葉です。

毎日晴れていたら、太陽の有り難さも感じられないし、
雨には雨の絶大な効果がある。風には風の味わいがあって、昨日と同じ風は吹くこともない。
雨の日には雨の中を、風の日には風の中を、ただ歩いて行くしかないってこと。
その光や雨や風、自分ではどうすることも出来ないことに、いちいち振り回されていてはいけないってこと。。。感じましょうってこと。。。

予報が雨でも傘を持たないのは、なるべく身軽でいたいから。
降ったら降ったで濡れればいいし、雨宿りをすればいい。
と言いつつも、しょっちゅうずぶ濡れになり後悔している気がする。
雨宿りの出会いを期待しているわけではないんだが……降ってもいない雨を予想して、傘を持ち歩くことだけは苦手です。。。
「雨奇晴好」……Come rain or come shine……るんるん
posted by kouta at 15:21| Comment(5) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

黄金の日々

200605071612000.jpg

「大きい丸を書いて、数字の7……」
「大きい丸を書いて、数字の7……」

黄金週間。
病室の窓から見える青空に、おばあちゃんは記憶を描く。
黄金週間。
穏やかな午後のひと時を、おばあちゃんと過ごしてきた。
完全看護。
家族の誰かしらが、常に付き添っている事が条件の入院だった。

「ごはん食べた?」おばあちゃんが訊く。
「食べたよ」僕が言うと、
「何か作ろうか?」おばあちゃんは立ち上がる。
「洗濯物、取り込まなくっちゃ……」

子供は4人。孫も数人。
誰かの世話をすることだけが、生き甲斐だったおばあちゃんだ。

    別れることは つらいけど
    仕方がないんだ 君のため
    別れに星影の ワルツを歌おう  
             「星影のワルツ」詞・白鳥園枝

おじいちゃんと死に別れてから、十数年が経つ。
最近は、この歌ばかりを口ずさむ。
お陰ですっかり覚えてしまった。

誰かが言った。「忘れてもいいんだよ」と。
「どうでもいいことから忘れていくんだ……」
「大切なものだけを覚えているんだ……」

200605071433000.jpg

「大きい丸を書いて、数字の7……」
「大きい丸を書いて、数字の7……」

週明けにも、無事に退院できるとのこと。
おばあちゃんは今、黄金の日々を生きている。。。

         


posted by kouta at 20:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

いつかどこかで

行きつけの美容室に、とても頑張っている女の子がいた。
年齢は25歳くらいだから、女の子と呼んだら失礼かもしれない。
受付ではいつも笑顔で迎えてくれる。そしていつもシャンプーをしてくれる。
忙しい時には、ごはんも食べずの12時間労働。
それでも、僕の記憶にあるのは、いつも笑顔で接客をしている彼女。
誰に対しても、常に明るく、朗らかに接客をしている彼女。

そんな彼女の真剣な顔を初めて見たのは去年の夏のこと。
誰もいなくなった美容室で、たった一人、マネキン相手にカットの練習を繰り返していた。
仕事帰りが重なって、その夏は何度となく、そんな彼女の姿を見かけることとなった。
普段は忙しなく動き回っている彼女の、ハサミを手にする立ち姿が新鮮で、なんだかとても格好良く映った。
本当に頑張るなぁ…… 疲れてないのかなぁ……
最初はそんな気持ちだったけど、いつからか、
いつか、俺の髪を切ってくれないかな…… なんなら、今すぐでも構わないのにな……
そんな気持ちすら抱くようになっていた。
去年の夏。。。それはちょっとした恋だった。
いや、まぎれもない恋だった。
シャンプー台越しにしか、話すことは出来なかったけど……

先日、美容室に行ったら、彼女の姿が見あたらなかった。
アシスタントも様変わり。
どうやら、新しい店でスタイリストとしての第一歩を踏み出したとのこと。
おめでとう!!!

正直言うと、会えないことはすごく淋しい。
でもそれ以上に、ようやくスタートした彼女の新生活を祝いたい。

人を幸福にさせてくれる笑顔を持つ彼女は、
きっと新しい街で、新しい店で、新しい仲間と、
そのハッピースマイルで、新しいお客さんと幸福な時間を過ごしてくれるはず。
このGWにも、どこかの街で彼女は元気に働いているんだろう。

仕事柄、ただ伸びた髪を切りに行く訳ではない僕にとって、
美容室って場所は、とても大切な空間。
だから、担当の美容師さんにはいつも、ただ髪を切っては欲しくないと思っている。
技術、それはもちろん大切だけど、もっと大切な何か、、、
ただ髪を切れる美容師さんなら他にもいる。それなりのお金を払えばカリスマにだって会える。
でも、この人に切ってもらいたい。この人に会いたい。
この人の笑顔が見たい。そしていいエネルギーを感じたい。
そして自分の仕事(演じること)を頑張りたい。
そう思わせてくれるようなスタイリストにはなかなか出会えない。
美容師って単なる技術職ではなくって、実はとてもメンタルな仕事なんじゃないだろうかと思うこともある。(他の仕事も同じことが言えるかもしれませんが……)
お客によってはカウンセラーにだって、セラピストにだってならなければいけない、精神的にもかなりキツい仕事のはずだ。
だからこそ、彼女にはこの先も頑張って欲しいなぁーと、陰ながら応援しています。

そして、いつかどこかで、誰かの髪を切っている彼女に再会できたら、凄く嬉しい。
その時は、坊主にでもモヒカンにでも、なってもいいかなーとすら思う。(実際、迷惑かもしれないけど……)
その日が来るまで、、、禿げるわけにはいかないよなーとも。。。


posted by kouta at 20:12| Comment(3) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月31日

日めくりの記憶

おじいちゃんは日記を書く人だった。
どんなことを書いていたのかは知らない。
知らないけど、日記を書いていたその姿だけは憶えている。

そんなおじいちゃんも、この世にはもういない。
ある日突然、不意の事故でこの世を去った。本当に、ある日突然いなくなった。
だからという訳ではないが、形見もない。あの日記の在処すら僕は知らない。
おじいちゃんはこの世にいったい何を残したんだろう?

ただ、僕の中に記憶だけを残して。。。

子供の頃から雪を見るのが好きだった。
ただ無心に、しんしんと降り積もる雪を見るのが好きだった。
雪はやがて消えてなくなる。記録的な大雪も、やがては土に還っていく。

ただ、僕の中に記憶だけを残して。。。

記憶って不思議なもので、厄介なもで、偉大なものだと思う。
「誰かの記憶の中に残ること」
それが、人間がこの世に残せるただひとつのことに思えてならないのは、
おじいちゃんが死んで17年も経っている今、
僕は日記を書くおじいちゃんの後ろ姿を憶い出し、
そしてその日記をたまらなく読みたいと思うからだ。
いったい何を記し、何を感じ、何を味わいながら生きていたのか?
今、僕は無性に知りたい。

ある時期からずっと、僕も日記を書いています。
おじいちゃんの影響が、少なからずあるのかもしれません。
日記はある意味、自分の為に書くものだと思っています。
このブログも、自分自身を成長させてくれるものであると、そう信じて、
なるべく「日めくり」になるよう心掛け、続けていきたいと思っています。

これからもどうぞよろしくお願いしますね。
                           草野康太
posted by kouta at 02:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 随筆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。